歌詞考察・解釈

Night Glory??

アーティスト: Maki

こんにちは!今回は、Makiさんの楽曲『Night Glory??』の世界へと誘いましょう。この不思議なタイトルが示すように、夜の輝きと疑問符の狭間で揺れる心情を深く読み解いていきます。 ## 今回の謎 1. 「Night Glory??」というタイトルに込められた、夜の「輝き」と「疑問符」の意図とは何でしょうか? 2. 「Night Glory??」が象徴する「夢の中」で、なぜ「間違っていたって描いていよう」と歌いながらも、「すぐに壊れちゃうから」という切実な諦念が共存しているのでしょうか? 3. 「Night Glory??」という不確かな輝きの中で、「僕ら」は「心の隙間」を埋めるために何を求め、最終的に何を「訪ねて欲しい」と願っているのでしょうか? ## 歌詞全体のストーリー要約 1、現状への反発と過去の回顧 大人になり、腐敗する世界に絶望。過去の自分を思い出す。 2、夢の中での危うい創造 不確かな夢の中で、間違っていても描こうとするが、すぐに壊れてしまう脆さを知る。 3、不確かな絆の希求 心の隙間を埋め、つまらない時に思い出される存在を願う。 この歌詞は、まず社会の現状への強い不満と、それに対する「僕ら」自身の過去の無力感を重ね合わせることから始まります。かつて「死んだ目」をしていた少年が、音楽に救いを求め、やがて魂まで売るほどのめり込んだ過去を回顧します。しかし、現実は「夢の中」でしか自由に描けない不確かなものであり、たとえ何かを創造しようとしても「すぐに壊れてしまう」危うさを抱えています。それでもなお、彼らはその「夢の中」で描き続けることを選び、最終的には、彼らの「心の隙間」を埋める存在や、人生が「つまらなくなった」時に「僕らの事を訪ねて欲しい」と願う、切実なつながりを求める心情へと繋がっていきます。 ## 登場人物と、それぞれの行動 この歌詞に登場する人物は、「僕」と「僕ら」という一人称が主軸となり、彼らの内面と外界との関わりが描かれます。 * **「僕」**:歌詞の冒頭で「死んだ目ををした少年だった」と語られ、過去を回顧する視点を持っています。少年時代に音楽に救いを求め、その過程で憧れから魂を売るような経験をした人物として描かれています。この「僕」は、過去の記憶を呼び起こす際に一時的に表れる、個人の内なる声や過去の自己であると考えられます。 * **「僕ら」**:現在の状況を生きる主体であり、社会への不満や閉塞感を共有する複数の人物、あるいは個人の内面にある多様な感情の集合体を示唆します。彼らは「レールの上の人生」や「流行りの歌は腐ってる」といった現状を認識し、「イカれたような神様」を待つ一方で、「夢の中」で創造的な活動を試みます。しかし、その創造は常に「すぐに壊れちゃう」という脆さを伴っており、心の隙間を埋める他者との繋がりや、記憶されることへの希求を示しています。この「僕ら」は、同じ志を持つ仲間たちを指すこともあれば、語り手自身の多面的な感情を表すこともあり、その意味合いは流動的です。しかし、共通するのは、社会に対する違和感と、自己表現への切実な願いを抱いているという点です。 * **「あなた」もしくは「彼ら」**:歌詞中では直接呼びかけられませんが、「イカれたような神様」や「退屈が僕をずっと見てる」といった表現から、あるいは「心の隙間を埋めてよ」「僕らの事を訪ねてくれればいい」という願いの対象として、間接的に存在が示唆されています。彼らは「僕ら」の行動や感情に影響を与え、あるいは「僕ら」が関わりを求める対象として描かれています。特定の個人というよりは、彼らを取り巻く社会、あるいは共感しうる不特定多数の「誰か」への呼びかけと解釈するのが適切でしょう。 最終的な解釈においては、「僕」と「僕ら」は同じ個人の中で、過去と現在の視点、あるいは内面の多様な側面を表現していると捉えるのが自然です。登場人物の性別は、歌詞から特定の性別を強調する強い要素が見られないため、限定しない解釈を採用します。 ## 歌詞の解釈 ### 現実への絶望と、過去への旅路 Aメロの冒頭の「レールの上の人生」という言葉から始まるフレーズですが、これは、まるで敷かれた線路の上を惰性で進む列車のように、自らの意志とは無関係に定められた道を歩まされているかのような、現代社会に生きる人々の閉塞感を痛烈に表現しているように感じられます。主体性のない、あるいは主体性を持つことを許されないような、そんな窮屈なシステムへの抵抗と諦念が入り混じった心境が垣間見えますね。 そして、「今 流行りの歌は腐ってる」という痛烈な批判は、単なる音楽ジャンルへの言及に留まらず、もっと広範な意味で、社会全体に蔓延する消費主義や、表層的な価値観、中身のない情報への深い失望を表しているのではないでしょうか。私個人としても、時に感じる「コンテンツ疲れ」のようなものと重なる感覚です。かつて音楽に熱狂し、その真価を知る「僕ら」にとって、本質を見失った流行の移ろいは、耐え難い現実なのでしょう。 彼らは「僕らはもう子供じゃない」と自覚しながらも、「イカれたような神様を待ってる」。この矛盾は、大人としての現実を認識しつつも、現状を打破してくれるような、非日常的な変化や救世主を無意識に渇望している心の表れのように思えます。この「神様」は、既存の価値観を打ち壊す破壊者なのか、それとも混迷の時代に光を指し示す存在なのか。その姿は曖昧ですが、現状への強い不満と、どこか他力本願な期待が入り混じっているように見えます。 続くパートでは、一転して過去の「僕」の姿が描かれます。かつて「死んだ目ををした少年だった」という痛ましい告白。これは、子供時代特有の純粋な夢や希望が、何らかの理由で失われてしまった状態を示唆しています。学校でのいじめ、家庭環境の不和、あるいはただ漠然とした未来への不安。様々な要因が考えられますが、共通するのは、少年の心から輝きが失われたという事実です。これは、私たちが誰しも一度は経験したかもしれない、暗くて孤独な思春期の象徴とも言えるでしょう。 そんな少年にとって、「退屈凌ぎに音楽を買った」という行為は、単なる趣味以上の意味を持っていたはずです。それは、心の空虚を満たすための拠り所であり、生きる意味を見出すための希望の光だったのかもしれません。音楽という芸術が、どれほど魂を揺さぶり、人生を変える力を持つか、私は文学研究という立場からも、その力を常に感じています。この「僕」もまた、音楽に魅せられ、やがては「憧れから魂も売って」しまうほど没頭していったのでしょう。この「魂も売って」という表現は、単なる熱狂を超え、音楽のために自己を犠牲にしたり、時には倫理的な葛藤さえも乗り越えてきた、その壮絶な覚悟を示しているように思えてなりません。 「気づけば幾年経っただろう」という言葉は、音楽に捧げた時間の長さを物語ると同時に、その間に多くの経験を積み、少年から大人へと成長したことを示唆します。しかし、その成長は、必ずしも理想通りの未来をもたらしたわけではない。むしろ、Aメロで歌われたような、腐敗した「流行りの歌」が蔓延る社会への失望へと繋がっていった、その皮肉な現実がここにあります。過去の情熱と現在の諦念が交錯する、実に人間らしい感情の揺れ動きが、この冒頭部分に凝縮されていると言えるでしょう。 ブリッジのパートでは、「いつかまた街角が揺れ 今更 あの時の僕の事を思い出す」。このフレーズは、突如として訪れる既視感や、過去の記憶が呼び起こされる瞬間を鮮やかに描いています。何かのきっかけで、ふと忘れかけていた過去の自分が蘇る。それは、時に甘く、時に苦い郷愁を伴うものです。特に、かつてあれほど熱中した音楽や、それを取り巻く環境の変化を目の当たりにした時、「あの時の僕」が抱いていた情熱や純粋さが、現在の自分と対比され、胸に迫るものがあるのかもしれません。この「街角が揺れる」という表現には、単なる物理的な揺れだけでなく、記憶の攪拌や、内面のざわめき、あるいは世界が変容する予兆のようなものが感じられます。 ### 夢と現実の狭間、そして「Night Glory??」の真意(謎1への答え) サビに繰り返し登場する「いつだって僕ら夢の中」。このフレーズこそが、この楽曲の核心を突いています。 まず、タイトル「Night Glory??」に込められた意図について深く掘り下げてみましょう。Nightは、文字通り「夜」を意味しますが、それは物理的な時間帯だけでなく、暗闇、混沌、不確かな未来、あるいは内面に潜む闇をも指すメタファーとなり得ます。一方、Gloryは「栄光」「輝き」といったポジティブな意味を持ち、希望や成功を象徴します。しかし、ここに付された「??」という疑問符が、その輝きの真偽、その持続可能性、あるいはその存在自体への深い疑念を投げかけているのです。 (謎1への答え) 私には、「Night Glory??」は、まさにこの「夢の中」で辛うじて見出される、はかなくも美しい、しかしながら決して確かなものとは言えない輝きを象徴しているように思えてなりません。それは、現実の「腐った流行りの歌」とは対照的に、自分たちの手で生み出そうとする、あるいは心の中で灯し続ける、個々人の内的な光を指すのかもしれません。これは、大衆的な成功や世間の評価とは異なる、個人的な価値基準に基づいた輝きです。しかし、その輝きは常に「??」という不安要素を伴い、不安定で、いつ消えてもおかしくない、危うい均衡の上にあるのです。それは、希望と絶望が混在する、まさに夜のような世界の輝きであり、その輝きが本物なのか、いつまで続くのか、という問いかけが常に投げかけられている状態なのです。まるで、夜空に浮かぶ星のように、遠くで美しく輝いているが、決して手は届かない、そんな切なさも感じられます。 「間違っていたって描いていよう」という言葉は、完璧ではない、たとえ世間から逸脱していると見なされても、自分たちの信じるものを形にしたいという強い衝動を表しています。この「描く」という行為は、芸術活動そのものかもしれませんし、自分たちの生き方、未来のビジョンを創造することかもしれません。何かに真摯に向き合うことの、純粋な情熱が伝わってきます。しかし、その直後に続く「当たり障りにしないさ」というフレーズが、彼らの葛藤を浮き彫りにします。これは、波風を立てないように、無難にやり過ごそうとする姿勢とも読めますが、むしろ、自分たちの表現がたとえ理解されなくても、他者に迷惑をかけなければ良い、という、社会への一種の諦めにも近い心理状態を示しているのではないでしょうか。 (発想:現代のインディーズアーティストやクリエイターが抱えるジレンマにも通じるものがあります。商業的な成功を求めず、純粋な表現を追求したいが、その一方で生活や社会との折り合いをつけなければならない現実。あるいは、批判を恐れて本音を隠してしまうSNS時代の若者の葛藤にも。自分の内なる声に従いつつも、外の世界との間に適度な距離を保とうとする、そんな繊細なバランス感覚がこの言葉には込められています。) そして、「僕たちはもうすぐに壊れちゃうから」。この言葉に、サビが持つ希望と諦念の複雑なコントラストが凝縮されています。自分たちが創り出そうとしている「夢の中」の輝き、つまり「Night Glory??」は、あまりにも脆弱で、現実の些細な衝撃でさえ容易に打ち砕かれてしまう、そんな危うさを孕んでいるのです。これは、若さゆえの脆さ、あるいは理想と現実のギャップに打ちのめされる、人間の普遍的な弱さを表現しているのかもしれません。私自身も、理想を追い求める中で、現実の壁にぶつかり、自分の心が脆くも崩れていくような経験は少なくありません。 ### 退屈との戦い、そして創造の脆さ(謎2への答え) 間奏明けのパートでは、「退屈が僕をずっと見てる」という表現が登場します。これは、単に時間を持て余しているという以上の、もっと根源的な恐怖感を伴う意味合いを持つように感じられます。退屈とは、創造性の敵であり、生きる意味を見失わせる深淵でもあります。彼らは、何かに熱中し、打ち込んできたはずなのに、その情熱が冷めた時、あるいは社会の荒波に揉まれた時、再び「死んだ目ををした少年」のように、退屈の淵に引きずり込まれる恐怖と常に隣り合わせにいるのです。これは、人生における虚無感との終わりなき戦いを象徴しているようにも受け取れます。 「曖昧な事ばかりじゃ つまらないだろ」。これは、退屈な現状に対する苛立ちと、もっと明確な意味や目的を求める切実な願いの表れです。彼らは、ただ漠然と日々を過ごすことを拒否し、自分たちの存在意義を確かなものにしたいと願っています。私たちが生きる世界には曖昧な情報や不確かな出来事があまりにも多く、そこに明確な意味を見出そうとする人間の本能的な欲求を、このフレーズは強く訴えかけてきます。 (謎2への答え) 「Night Glory??」が象徴する「夢の中」で、「間違っていたって描いていよう」と歌いながらも、「僕たちはもうすぐに壊れちゃうから」という切実な諦念が共存しているのは、彼らが創造の喜びと、その創造物の脆さを同時に深く理解しているからです。彼らは、完璧ではない自分たちの表現を世に問うことに意味を見出していますが、その一方で、現実の冷酷さや、自分たちの内面的な弱さによって、その創造が簡単に崩れ去ってしまうことを予感しているのです。それは、まるで砂上の楼閣を築くような、危うい美学にも似ています。この矛盾した感情こそが、彼らの芸術家としての、あるいは人生を生きる者としての真摯な姿勢を表していると言えるでしょう。壊れることを知りながらも、それでも描き続けること。そこにこそ、「Night Glory??」の真の輝き、つまり、はかなくとも確かに存在する創造の炎があるのかもしれません。彼らは、結果としての完成度よりも、プロセスとしての「描く」行為そのものに、意味と価値を見出しているのでしょう。たとえそれがすぐに壊れる運命にあったとしても、その一瞬の輝きこそが、彼らを退屈から救い出し、生きる意味を与えてくれるのです。 サビが再度繰り返されることで、この「夢の中での危うい創造」が、彼らの生き方においていかに中心的なテーマであるかが強調されます。何度壊れても、何度挫折しても、彼らはまた「夢の中」で描き始めようとする、その強さと脆さの二律背反が、聴く者の心を強く揺さぶります。まるで、自らの内なる声に突き動かされるように、彼らは創造のサイクルを止められないのです。 ### 心の隙間と、訪れてほしい願い(謎3への答え) 楽曲の終盤、それまでの内省的でやや閉鎖的な世界観から一歩踏み出し、他者との繋がりを求める、より開かれた願望が歌われます。この転換は、聴く者に安堵と、じんわりとした温かさをもたらします。 「またね 心の隙間を埋めてよ 擦り切れる程 回したモーニンググローリー」。 「心の隙間を埋めてよ」という切実な願いは、これまでの歌詞で描かれてきた、社会への不満、過去への後悔、そして創造の脆さからくる孤独感の表れです。彼らは、自分たちの内面にぽっかりと空いた穴を、誰かによって満たされることを求めているのです。それは、人間が本質的に持つ、他者との絆を求める普遍的な欲求と言えるでしょう。 そして「擦り切れる程 回したモーニンググローリー」。モーニンググローリーはアサガオを意味しますが、ここではレコードやテープなどの音楽メディア、あるいは彼らが熱中した音楽そのものを指すメタファーと解釈できます。かつて「退屈凌ぎに音楽を買った」少年が、文字通り「擦り切れる程」音楽を聴き、それに救われてきた過去がここに繋がります。その音楽が、彼らの心の隙間を埋めてくれたように、今度は誰かとの「繋がり」が、その隙間を埋めてくれることを願っているのです。音楽を共有すること、あるいは音楽を通して得た仲間との絆。そうしたものが、彼らの心の支えとなっているのでしょう。音楽は単なる娯楽ではなく、彼らにとっての救済であり、他者と繋がるための重要な媒介であったことが示唆されます。このフレーズからは、音楽への深い愛情と、それが育んだかけがえのない経験が、ひしひしと伝わってきますね。 (謎3への答え) 「Night Glory??」という不確かな輝きの中で、「僕ら」が「心の隙間」を埋めるために求めているのは、他者との深い共感や、自分たちの存在を受け入れてくれる絆です。それは、かつて音楽が彼らの心の隙間を埋めてくれたように、今度は人間関係の中で得られる、温かい繋がりのこと。彼らは、脆い自分たちを、そのまま受け入れてくれる誰かの存在を求めているのです。そして、最終的に「またね 夕暮れ つまらなくなったなら 僕らの事を 訪ねてくれればいい」と願っているのは、自分たちが創り出したものや、生きてきた「軌跡」を、誰かに記憶し、顧みてもらうことへの切実な希求です。人生が「つまらなくなったなら」という条件付きの願いは、彼らが抱える孤独や不安の深さを示していますが、それでも、彼らは自分たちの存在が、誰かの心に残り、いつかまた思い出されることを、ひそかに、しかし強く願っているのです。それは、はかなくも美しい「Night Glory??」が、誰かの心の中で真の輝きを放つことを願う、最後の祈りにも似ています。この願いは、彼らが辿ってきた苦しい道のり全てが、無駄ではなかったと、誰かに肯定してもらいたいという、深い人間的な欲求の表れと言えるでしょう。 この「夕暮れ」は、一日の終わり、あるいは人生の黄昏時、つまり、活動や情熱が落ち着き、振り返りの時期を迎えることを連想させます。「つまらなくなったなら」という言葉は、人生において希望や情熱が失われた時、かつて彼らが音楽に救われたように、今度は彼らの存在や、彼らが残したものが、誰かの心を照らす光となることを願う、そんな優しいメッセージが込められているように感じます。それは、自分たちが生きた証を誰かに覚えていてほしい、という、人間が根源的に抱く承認欲求の表れでもあります。そして、「またね」という言葉は、いつか再会できる日を、あるいは自分たちの物語が誰かの心の中で再び語り継がれることを、静かに、しかし力強く願っているように響きます。 彼らは、不安定な「Night Glory??」の中で、自分たちの足跡が、誰かの記憶に刻まれること、そしてその記憶が、再び誰かの心に温かい光を灯すことを願っているのです。この曲は、社会への反抗と、個人の内面の葛藤、そして最終的に他者との共感へと繋がろうとする、普遍的な人間の営みを描いていると言えるでしょう。夜の帳が降りる中、かすかに輝く一筋の光、それが「Night Glory??」なのかもしれません。 ### 歌詞のここがピカイチ! 一般的なJ-POPでは、困難な状況から一転して希望を見出す、あるいは強い意志で未来を切り開く、といったカタルシスのある展開が多いように感じます。しかし、この楽曲の「ピカイチ!」な点は、「いつだって僕ら夢の中 間違っていたって描いていよう 当たり障りにしないさ 僕たちはもうすぐに壊れちゃうから」というフレーズに象徴される、希望と絶望、創造と破壊、積極性と諦念が、決してどちらかに傾くことなく、常に二律背反の状態で共存している点です。 「壊れちゃうから」と自らの脆さを認識しながらも、「描いていよう」と創造をやめない。この「それでも」という姿勢は、安易な解決策やポジティブ思考に傾倒せず、人間の本質的な葛藤や弱さを真正面から受け入れているがゆえの、深いリアリティと共感を呼びます。特に、「当たり障りにしないさ」というフレーズは、自己表現への情熱と、社会との摩擦を最小限に抑えようとする現実的な判断が混在しており、現代を生きる個人の繊細な心理を見事に捉えています。これは、単なる前向きな応援歌とは一線を画し、人間の複雑な内面を深くえぐる、独自の魅力を持っていると言えるでしょう。 ### モチーフ解釈 この楽曲で特に重要なモチーフは、やはりタイトルにもなっている「Night Glory??」でしょう。 この複合的な単語は、歌詞全体を通して語られる「僕ら」の心情と状況を象徴しています。Night(夜)は、文字通りの暗闇や闇夜だけでなく、社会の閉塞感、未来の見えない不安、心の奥底に潜む孤独や絶望を表しています。彼らが直面する「レールの上の人生」や「腐ってる流行りの歌」といった現実もまた、彼らにとっての「夜」と言えるでしょう。 一方、Glory(栄光、輝き)は、彼らが「夢の中」で「間違っていたって描いていよう」と試みる創造活動、あるいは音楽への情熱、自己表現の喜びといった、内面から湧き上がる希望や価値を見出そうとする光を指します。 そして、この二つの単語の後に続く「??」という疑問符が、このモチーフに決定的な深みを与えています。この疑問符は、その「Glory」が本物なのか、持続可能なものなのか、あるいは単なる幻想に過ぎないのか、という根源的な問いを投げかけます。彼らが手にする輝きは、決して確固たるものではなく、常に不確かさや危うさと隣り合わせであるという、彼らの切実な認識がここには込められています。 「Night Glory??」は、絶望的な状況の中に見出すかすかな希望、脆い創造の中にある確かな美しさ、そしてその全てが揺れ動く不安定な現実を包括する、この楽曲の最も象徴的なモチーフであると言えます。それは、夜空に瞬く星のように、遠く、そしてはかなく輝く、彼らのアイデンティティそのものなのです。 ### 他の解釈のパターン #### 1、過去への後悔と失われた夢の物語 この歌詞全体を、現在進行形の物語ではなく、全てを失ってしまった語り手が、かつての自分や仲間を回想する物語として解釈するパターンです。 この解釈では、「僕らはもう子供じゃない」というフレーズが、単なる成長の自覚ではなく、ある種の「終わってしまった」状態を指します。かつて「死んだ目ををした少年」だった「僕」が、音楽という「Night Glory」に一瞬の輝きを見出し、仲間と共に「夢の中」で必死に創造を続けていたものの、結局は「すぐに壊れちゃう」現実の前に敗北し、その夢や仲間との関係も失ってしまったという、悲劇的なストーリーとして捉えられます。 「いつかまた街角が揺れ 今更 あの時の僕の事を思い出す」は、過去の栄光や失敗を忘れられない、現在の語り手の苦悩を強調します。「心の隙間を埋めてよ」という願いは、失われたものへの諦めと、もう二度と満たされない虚しさを表し、「訪ねてくれればいい」という言葉は、かつての仲間に、あるいは過去の自分自身に、せめて記憶の中にだけでも自分たちの存在を残してほしいという、哀切な願いとなります。全体として、希望よりも喪失感と後悔の念が強く滲む解釈となります。 #### 2、社会の暗部を暴く告発と諦念の物語 この歌詞を、社会の不正や欺瞞、構造的な問題を強く告発する視点から解釈するパターンです。 この場合、「レールの上の人生」は、社会システムの強制力と抑圧を批判し、「流行りの歌は腐ってる」は、権力に迎合する大衆文化への痛烈な皮肉と捉えられます。「イカれたような神様」は、社会を支配する見えない力や、腐敗した権力者への怒りの表現です。 「僕ら」は、そうした社会の暗部(Night)の中で、真実や自由、あるいは革命的な思想(Glory)を「夢の中」で密かに描き(創造し)ようとします。しかし、彼らは「すぐに壊れちゃうから」という言葉で、社会の圧倒的な力の前には、個人の抵抗がいかに無力であるかを悟っています。「当たり障りにしないさ」は、体制側から目をつけられないよう、表向きは従順を装う戦略的行動、あるいは諦めと解釈できます。 「心の隙間を埋めてよ」は、孤独な戦いの中で生じた精神的疲弊を癒やしてくれる、真の連帯を求める叫び。「訪ねてくれればいい」は、もし自分たちが倒れても、その理念やメッセージが誰かに受け継がれ、いつか「夕暮れ」、つまり社会の転換期に再評価されることを願う、地下運動家のような決意と諦めが混在する願いと読み取れます。この解釈では、歌詞全体に漂うのは、個人的な苦悩を超えた、社会構造への深い洞察と批判、そして絶望の中でのかすかな抵抗の炎です。 ## 歌詞の中で肯定的なニュアンスで使われている単語・否定的なニュアンスで使われている単語のリスト **肯定的なニュアンスで使われている単語:** * 夢 * 描いていよう * 音楽 * 憧れ * 心の隙間を埋めてよ * モーニンググローリー * 訪ねてくれればいい **否定的なニュアンスで使われている単語:** * レール * 腐ってる * 子供じゃない(「もう子供じゃない」として、無邪気さを失った状態を表す) * イカれた * 神様(「イカれた」と結合することで否定的なニュアンスに) * 死んだ目 * 退屈凌ぎ * 魂も売って(ネガティブな行為だが、憧れからという点で肯定的な側面も含むが、ここでは行為自体のネガティブさを重視) * 街角が揺れ(不安や変化の兆しとしてネガティブなニュアンス) * 間違っていたって(「〜描いていよう」と結合することで肯定的な意味合いも持つが、単体では否定的な状態を表す) * 壊れちゃうから * 退屈 * 曖昧な事ばかり * つまらない * 夕暮れ(「つまらなくなったなら」と結合することでネガティブな状況を暗示) ## 単語を連ねたストーリーの再描写 「僕」は「死んだ目」で「レール」の上の「腐ってる」世を見た。 「退屈凌ぎ」に「音楽」を「憧れ」から聴き、「魂も売って」しまうほど夢中になった。 「いつだって僕ら夢の中」、たとえ「間違っていたって描いていよう」。 しかし「すぐに壊れちゃう」脆さ、「退屈」や「曖昧な事ばかり」に「つまらない」日々。 「心の隙間を埋めてよ」、「擦り切れる程回したモーニンググローリー」のように。 「夕暮れ」に「つまらなくなったなら」、「僕らの事を訪ねてくれればいい」。